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BALENCIAGA

バレンシアガは、1914年にクリストバル・バレンシアガが20歳の若さでオープンさせた歴史あるメゾンです。その完璧な縫製技術とシンプルでかつ芸術性の高いスタイルにより、「クチュールの建築家」と称されたバレンシアガは、やがてパリファッションの象徴となり、世界的な名声も獲得。彼のメゾンからは、後にジバンシー、クレージュ、ウンガロなど、きら星のごとき才能が輩出されます。
バレンシアガが72年に亡くなった後、一時は香水ブランドとして継続されますが、98年にニコラス・ゲスキエールが26歳の若さでデザイナーとしてデビュー。クロエ・セヴィニー、ニコール・キッドマン、ケイト・モス、シャルロット・ゲンズブール、マドンナなど、数々のファッショニスタやセレブリティから熱狂的な支持を受け、現在のアレキサンダー・ワンへと引き継がれています。
今ではプレタポルテや靴はもちろん、「エディターズバッグといえばバレンシアガ」と評され、 スマートな都市生活のためのハイファッションとして定着しています。
退屈な日常に、心浮き立つような刺激を与えてくれるバレンシアガ。それは、今のあなたに最も必要なお洒落のエッセンスなのかもしれません。
バレンシアガバッグ バレンシアガ財布・小物 バレンシアガ シューズ
clothes


【5分でわかるブランド講座】

BALENCIAGA(バレンシアガ)
★カッティングの美を受け継ぐモードの先鋭


「クチュールの建築家」と称されたバレンシアガは、数々のタブーを打ち破り、女性の装いに新しい可能性を提唱し続けたファッション界の革命児です。完璧主義者として孤高の人生を貫いた彼の軌跡を辿ってみましょう。


●20歳の若さで鮮烈なデビューを飾る
クリストバル・バレンシアガは1895年にスペインの避暑地 サンセバスチャンで生まれました。お針子をしていた母と共に、幼い頃から上流階級の館に出入りしていたバレンシアガは、母から縫製の手ほどきを受けつつ、館に集められた美術コレクションや夫人たちの洗練されたファッションに親しんで創造性やセンスを育んでいきます。1915年には彼の才能を認めた公爵夫人の支援を得て、20歳の若さでメゾンをオープン。数年後にはパリ・オートクチュール・コレクションに参加し、大々的な成功を収めます。その後も危機を乗り越えながら経営を拡大。30歳半ばにして、スペインのファッション界をリードする存在となったのです。

●パリの地で世界的ブランドとしての名声を獲得
1936年、スペインの内乱をきっかけにパリに移住。翌年、パリに店舗を開くとシンプルで完璧なシルエットが絶賛され、パリにおいてもファッション界を象徴するリーダーとなります。第二次世界大戦後の1950年代にはバレンシアガの名はさらに高まり、クリスチャン・ディオールと共に世界的な名声を博するように。「黒いドレスのシリーズ」、「バレル・ルック」、「サック・ドレス」「チュニック・スタイル」「ベビードール・ルック」などを次々と発表。「クチュールの建築家」「モードの巨匠」「すべてのデザイナーの師」と仰がれ、彼のメゾンからは後にジバンシー、クレージュ、ウンガロなどの才能を輩出しました。1968年にプレタポルテが台頭して来ると「プレタポルテを始めるには年を取り過ぎている」との名言を残して引退を宣言。スペインに戻り、4年後の1972年に亡くなります。

●直接ボディに生地を置いて生み出す立体的なドレス
バレンシアガは常に時代の先を読み、立体裁断を駆使してオートクチュールからプレタポルテまでに大きな影響を残しました。彼の服作りは独特で、デッサンはせずに直接マヌカンに生地をまとわせて裁断するという工程でドレスをつくることから、「マスター・オブ・イルージョン(幻想の使い手)」と呼ばれました。デザインの最大の特徴は、密着しないシンプルなデザインとゆったりしたシルエット。コルセットや詰め物なしでも美しいボディラインを演出するドレスは、戦後ますます行動的になった女性たちに大きく支持を広げました。

●独自のファッション哲学を貫いて
バレンシアガのドレスは「女性の欠点を露出するのではなく隠す服」であり、「女性は完全である必要はなく、美しくある必要はない。私のドレスが女性を美しくするのだ」という有名な言葉を残しています。この哲学こそが彼のポリシーの原点であり、完璧主義者であった彼の性格を物語っています。実際に、彼のファッション・ショーではモデルではない一般の人々や、時には老婦人を登場させていたそうです。彼は一生独身でゲイだという噂もありましたが、プライベートについて語ることはなかったため、その実像は今も謎に包まれています。

●アヴァンギャルドに旬を発信するトレンドセッターへ
バレンシアガの死後十年以上は香水ブランドとして継続されていましたが、1987年にプレタポルテを再スタート。2001年にグッチグループが買収し、チーフ・デザイナーに26歳の新鋭ニコラス・ゲスキエールが抜擢されました。彼のコレクションは衝撃的な印象を残すもので、バレンシアガ伝統のカッティング技術を継承しつつ、毎回新しいエッセンスを投入。旬のモードを取り入れた新生バレンシアガを強くアピールしました。現在ではシャネル・クロエなどと並び、ハリウッド女優のスナップ写真でよく見かけられるブランドの一つとなっており、クロエ・セヴィニー、ニコール・キッドマン、ケイト・モス、シャルロット・ゲンズブール、マドンナなど数多くのセレブリティが彼のファンであることを公表しています。そして2013年からは、アレキサンダー・ワンがクリエイティブチームのチーフに就任。靴・バッグなどのレザーグッズから宝飾品・時計から香水・ボディローションまで、最新のトレンドを発信するトータル・ブランドとして発展を続けています。




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